イライラ・カチン、を「チャンス」に出来るか

今、わたし達がいるところ。それが、これまでのわたし達の、限界なんだ。 


嫌なことが起こったり、気持ちがザワザワした時は、チャンス。 


多くの成功したひと達は似たようなことを言っている。 


「好きなこと・同じことばかりをしていると、自分の「慣れ親しんだゾーン」から出られない・そのゾーンが広がらなくて、衰退の道を辿る。だから、無理してでも、自分が苦手と思うこと・苦痛に思うことをやってみるんだ。」 


ある有名なブック・コンサルタントは、活字が大好きで、漫画が嫌いだそうです。そのため、コミックを読むことを自分に課しているそう。(逆はありそうですけどね・・・) 


ある世界的に有名なセミナー講師は、セミナーで着る服だけでなく、普段着る服も「自分の好きな格好」ではなく、常に新しいものを推薦してくれるスタイリストと契約しているそうです。人間は放っておくと、自分の「ゴールデンタイム」の格好をするそうです。「ゴールデンタイム」とは、自分が一番イケていたと感じる時代のこと。なるほど、おじさま達が、いつまでたってもポロシャツの襟を立てるのは、そのせいなのね。 


前進しているひとは、こんな風に、意識的・積極的に、“居心地の悪いこと”をしているそう。 とはいえ、これらは、あくまで仕事がらみのこと。それはそれでいいことだと思いますが、「お金」や「キャリア」に磨きをかけるために、と考えると、結構簡単にこういうことはできてしまいそうです。だって、目的が「利潤の追求」なんだから。 


でも、ホントに大変で、それだけに報酬も大きいのは、実は、人間がらみのことだ、と、最近になって、思うんです。お金やキャリアに絡むことなら、取り組めそう。でも、人間がらみのチャレンジは、直接の(お金や社会的な成功という意味でわかりやすい)利益に繋がらないし、なかなか取り組むのにはオッコラショ、という感じなんだと、思われます。 


ところで、わたしはこう見えてA型。“こう見えて”というのは、たいていの場合O型または、B型でしょうって、言われるんですよね。まぁ、言いたい気持ちはわかります。でも、それは表面的なわたしの言動に騙されているわけなんです。神経質で、細かいところにまでこだわり、融通が利かず、いろいろなことを気に病んでしまう、というわたしの本来の気性は、典型的なA型。ひとのすること、なすことが、言ったことが、とても気になります。 


さらに、わたしの生育過程もあり、ひとと親密な関係を作ることは、長いこと、なかなか出来ないでいました。簡単に言うと、嫌いなひと・苦手な人には近づかず、近づいたひとでも、嫌われないように・嫌わないようにするために、必要以上に近づかない。そんなことなので、本当の良好な人間関係を作るのは、容易ではありませんでした。 


そして、この数年、これではもうダメだ、と思い、その分野で思いっきりチャレンジをすることにしました。その結果、「ひとをめぐる自分の枠」が随分と広がりました。批判的な思いになることも、嫌な気持ちになることもグッと減りました。何か嫌な感情が湧き上がることが、珍しくなり、その結果、ひととの関係で、ソワソワ・ムカムカすることが出てきたら「ここが、まだ、掃除されていないところだ!」というのが、簡単にわかるようになったのです。 


ここ数日“その感情”が台頭し始めたのに気づき、なんだかなぁ、と思っていたところ、今朝、あるやりとりから、その感情は、私の中で嵐のように騒ぎ出しました。そうか、これか。 



お金にも、キャリアにもならないことが、人生のベースになっています。自分の中の孤独感や、惨めな気持ちが残っていると、そこを刺激する出来事があるたび、その気持ちが再燃し、そのことに対しての怒りの気持ちで「いっぱい」になり、その感情を正当化するための考えを言ったり、持ったりするのに忙しくなるため、その大元がなんだったか、とか、これでいいのだろうか、というようなことさえも疑問を抱かなくなります。普通は、そうすることが嫌になり、さらに、そういう感情になることを避けるようになります。避けるようになればなるほど、自分の枠の中に凝り固まります。 


キャリアで葬られるのもそうですが、人生の枠が狭まり行き止まりになることの方が怖い、と思う今日この頃です。 


 今日も人生の扉を開いて出会ってくださり、ありがとうございます。 

「カチンときたら、それがチャンス」それに気づけば、次に進める。


ザ・ライフアカデミーでは、そうしたことに熟達する場を提供しています。 

Mika Nakano Official Blog

軽井沢から、ライフ・文化・自己実現・現実化・コーチング・ピープルビジネスのエッセイをお届けしています。

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