社長の挑戦

「8日間も休んでられるか、ってんだ。」 


正月三が日の三日目、 

誰も起きてきていない洗面所で顔を洗い、 

彼は独り言を言った。 


鏡に映る自分の顔を見た。 


和食の職人に憧れて、 

18歳で地方都市から大阪に出てきた。 

和食職人が着るあの白い調理服にサンダル 

というスタイルが、カッコいいと思った。 


専門学校の近くの立ち寿司の店でバイトを

始めたら、そこの仕事が面白くなり、

そのままその店で働くことになった。 


あれから25年。 

仕事をしない年末年始など、今年が初めてだ。 



「あら、お父さん、もう起きたの?」 


妻が奥から声をかけてきた。 


自分がこんなに長いこと自宅にいるなんて、 

妻だって慣れていないことだ。 


彼の店は安くてうまい立ち寿司として、

長年関西で人気店だった。 


自分が入った頃は、1桁の店舗数だったのが、

今や資本も入り、全国に数百店舗も展開する

チェーン企業になっていた。 


いろいろなことがあったが、数年前に

“生え抜き”として彼が社長に抜擢された。 


社長になる気など、全くなかった。 


いい魚を仕入れ、安くてうまい寿司をお客様に

提供する、ということを一生懸命やってきた。 

そんな彼だから、寿司ロボットを導入すること

になったときには、猛反対をしたのだった。 


チェーンを拡大することと、 

職人として“正しい”ことをすることで、 

最初のうちはかなり葛藤したものだった。 


けれども、ある時思った。 

「職人上がりでないとできない経営をしよう。」 


名刺には 

「仕入責任者 兼 取締役代表社長」と書いた。 

 エビは殻付きを仕入れて、従業員の手で

剥く事にこだわったのも彼の考えだし、

企業ドキュメンタリーで全国放映される番組

で見せたのは、彼の本当の姿だった。 



企業改革を推し進めているある日の役員会議。

「労務管理もしっかりとする」ために、

まずは本社勤務の役員たちが、

年末年始に休みを取るべきだ、と決まった。


でも、こころは晴れない。年末年始のこの時期、

店では従業員たちが頑張っているのに・・・ 



「休みを取るのは、誰のためですか?」 


年末、ある人物の問いかけに、彼は考えた。 


自らも率先し一生懸命やっている姿を

見せるのはひとつのリーダーシップだ。 

姿を見せないでとるリーダーシップは、 

それよりもずっと高度だ・・・ 


「自分のこころのざわつきよりも、

これからの社員と、安定経営・・・だな。」 


ひとが変化や成長をすることを決めた時、 

これまでと同じ“ガワ”を被っているのが、 

ふさわしくなくなる時がくる。 


これまで慣れ親しんだ“ガワ”を脱ぎ捨てる時、 

“心もとなさ”や “疑念”が湧いてくる。 

けれども、そうした“怖れ”は昔のものであり、

未来にある“ビジョン”のものではない。 


彼は、“ビジョン”をとった。 


彼は鏡の中の自分に言った。 

「とりあえず、今日は休みだ。」 


今日も人生の扉を開いて出会ってくださり、ありがとうございます。

“ビジョン”には反作用があり、それを超えた時に一歩進むんですね。 

Mika Nakano Official Blog

軽井沢から、ライフ・文化・自己実現・現実化・コーチング・ピープルビジネスのエッセイをお届けしています。

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