境界線問題 in コーチング

「人と人との間には、目には見えない境界線が

ある。」そういう概念をはじめて知ったのは、

多分、シェリル・リチャードソンの本だった。 


心理カウンセリングなどの分野でも、

重要視されている概念だと、のちに知った。 


「境界線」 英語ではバウンダリー。 

人生で知っておきたい言葉のひとつだと思う。 


わたしはこの境界線の研究?を進め、境界線

には3つのレベルがあることを発見しました。 

それはまた、別な機会に紹介することにして、

コーチングで「境界線」がどう作用するか、

ということについて考えたいと思います。 


境界線とは、

「“心地よく” 個として存在するために、

“目には見えないけれど、存在する”線引き」と言われます。 


境界線が侵されると、

ひとは落ち着かなくなったり、

不快になったり、

自分らしくあるのが難しくなったりする、

と言われています。 


けれども、境界線は、 

知らないうちに侵し、侵されているもの。 


セッションでこの境界線が侵されると、

その人らしい成長が阻害され、

コーチとクライアントが依存関係に陥ります。 


「話し出してしばらくしたら、

コーチ(カウンセラー)が“舵取り”をし始め、

私が話したかったことではないことを話され、

終わってしまいました。」 


「断定的にわたしのことを決めつけられた

気がして、悲しかったり、腹が立ったり、

悶々とした気分になってしまいました。」 


こうしたクライアントさんの感想は、

どのようにセッションを進めるかの

共通認識がないまま行われたか、

コーチが境界線を侵したケースで聞かれます。 



コーチから見て「あー、そっちじゃない」

「そりゃ違いますよ」と言いたくなるのは、

あくまでコーチの思うこと。

クライアントに断りもなく、

そのことを伝えたりアドバイスするのは

メンタリングではありですが、

コーチングではない、とわたしは思うのです。



境界線は「個をどの様に尊重するか」

という概念です。

そもそも個を尊重する気がない場合、

当たり前ですが、境界線は守られません。 



日本は欧米諸国に比べ、文化的にも「境界線」

という概念はもともと薄い傾向があります。 


壁や戸の材質が“紙”(ふすま)であるなど、

音が漏れる、気配が感じられるなどの理由から

他国では、あり得ないことが”普通”の国。 


文化的にも歴史的にも意識されていない

「境界線」という概念は、

わたしたち日本人にとって、

意識を向けないと守られないものなのでしょう。 



セッションの目的はケースバイケースですが、

”安全なスペース”というものが確保されて、

初めてセッションは機能するのだと思います。


“境界線”は、”安全なスペース”のためには、

意識されるにふさわしいものだ、と思います。

コーチングに限らず、いろいろなセッション、

いろいろな場面で・・・。 



今日も人生の扉を開いて出会ってくださり、ありがとうございます。 

年末年始って、何かと境界線が侵し、侵されやすいのよね。 

Mika Nakano Official Blog

軽井沢から、ライフ・文化・自己実現・現実化・コーチング・ピープルビジネスのエッセイをお届けしています。

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