分断


「信長の野望」というパソコンゲーム


全米地図が、赤と青に塗られていく、 

その画面を見ていて、思い出した。 


わたしにはアメリカの友だちがたくさんいる。


1年間の高校留学時代にお世話になったのは、 

アメリカのど真ん中の“赤”の地域だった。 

アジアの見ず知らずの子どもを受け入れ、

 愛し、世話をしてくれたひとたちがいる。 


高校時代に仲良しだった友人のマイク。 

彼は、高卒で早くこどもが出来た。 

離婚後、シングルファーザーとなった彼は、 

トラック運転手や、ゴミ収集をして 

二人のこどもを立派に育て上げた。 

マイクとも、彼の子どもたちとも、 

わたしはFacebookでやりとりしている。 


人生の後半で出逢った友だちは、 

ほぼ“青”の地域に住んでいる。 

わたしとは国を超え、心の声を聴き合い、 

互いの成長を応援しあった人たちだ。  


研修でいっしょのコースに通ったシンシア。 

彼女はサンフランシスコ郊外に住んでいる。 

夫婦で努力してキャリアを掴んだ。 

彼女は内面の成長も大切にしていて、

わたしのことをmy sister (姉妹)と呼ぶ。


わたしにとっては、どちらも大切な友だち。 

ただ、彼らの決定的な違いがある。 

“赤”の地域の平均的な家の価格は、数百万円。 

昔からの場所で、同じ暮らしを続けている。 

数年前に泊めてもらった“青”のシンシアの家。 

その家の当時の価格は8億5千万円だった。 


シンシアは、 マイクの家が140個も買える! 


生き方に正誤はない。 

そして、私はマイクもシンシアも好きだ。 

けれども、二人がいるところが、 

あまりに違いすぎる気がする。 

経済的なこともそうだけど、 

今回の政治的決断もそうだ。 

ちょっとした違いでは無い。 

圧倒的な違いだ。 まさに“分断”−−−。 


テレビの「信長の野望」の画面を見ながら、 

ひとと自分とを隔てる“分断”が、 

わたしの中の世界にも存在することを、

突きつけられた気がした。 


あたりを見渡せば、“分断”だらけだ。 


どこの国でも、 

地域でも、 

小さなコミュニティでも、 

ひとが集まるところには、 

見えない“分断”がある。 


ひとや自分自身に密かに持っている偏見、 

嫌悪、 

表裏一体の劣等感と優越感、 

正しさの競争、 

それに怖れを基とした防衛的態度。 


そして、わたしたちが理想に向かうなら、 

この“分断”を統合していく必要がある。 


今日も人生の扉を開いて出会ってくださり、ありがとうございます。 

アメリカのことを言っている場合ではない。 まずは、自分だわ。 

Mika Nakano Official Blog

軽井沢から、ライフ・文化・自己実現・現実化・コーチング・ピープルビジネスのエッセイをお届けしています。

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