父親と仕事と、息子。

「パパの会社のチラシが入っているよ!」 

幼稚園の息子が取ってきた新聞を、 

彼はやれやれといった様子で手に取った。 


全国に小売店鋪を持つチェーンでエリアの

営業部長をしている彼が、年末商戦のこの時期

家に居ることは珍しい。 


彼が出張先で泊まらず、なるべく家に帰るよう

にしていたのは、実家のすぐ近くに家を建てた

から、ばかりではなかった。 


昨年の年末商戦で彼の会社は“惨敗”だった。 


「もっと、売れるものはないか。」 

「海外で更に安い商品を作らせたらいい。」 


部長以上の会議の場で、 

安い海外製品の導入が討議される中、 

ある本部の部長が反論した。

「安い製品を海外から持ってくる、 

という安易な考えには反対です。」 


安い製品の裏には、生産地で働くひとの

“安い給料”や“劣悪な環境”があるはずで、

それに頼るのは良いビジネスではない、 

というのだった。 


彼は、そんなことは考えたこともなかった。 

言われてみれば、その通りのような気もした。 

しかし、彼は何も発言できなかった。 

彼は会議で“参加者”ではなく、

ただ事態を見守るだけの“傍観者”となっていた。 


息子が持ってきたチラシには、 

そうした製品がいくつも載っていた。 


「ほんとうにこれで良いのだろうか・・・」 


実家の近くに建てた新築の家。 

自分の親も、妻も、息子達も幸せそうだ。 

すべて、この仕事のおかげ・・・。 


ふと、30年前のことが思い出された。 


彼の父親はプロボクサーだった。

彼が高校生の頃、興行中の事故で、

数ヶ月入院したことがあった。 

高校から帰ると、知らない人が居間にいた。 

と思ったら、それは変わり果てた父だった。 


あの強くて大きな父は、 

信じられないくらい小さくなっていて、

彼が幼い頃からぶら下がるのが大好きだった

父の自慢の太い腕は、細い枯れ木のようだった。 

彼は、涙をこらえるのが必死だった。 


その後の暮らしは、経済的にも大変だったが、

彼がいちばん辛かったのは、働くことが出来ず、 

抜け殻のようになった父を見ることだった。 


自分も家族のために働くことを決めた彼は、 

高卒で入社したこの会社で一生懸命働いた。 


大卒を差し置いて自分が部長であること自体、 

“ラッキー以外の何ものでもない”と思っていた。 

会社に背くことや、会社を辞めることなどは、

考えたこともなかった。


「パパ、どうしたの?」 


心配そうな息子の顔が目に飛び込んできた。 


自分が守りたいのは、家族。


 “そのためには、収入がなければいけない。”

 “ダメな自分を、拾ってくれたのが会社。” 


「その考えは、どれ位ためになっていますか?」 


先週、研修で習った“質問”がふと浮かんだ。 


息子の顔と、高校生の頃の自分が重なる。 

父親の空虚な顔ほど辛いものは、ない。 


”あの本部の部長にちゃんと聞いてみよう。”

”店舗にも行って、商品の評判を調べよう。”


彼は、太い腕で息子を“たかいたかい”した。 


今日も人生の扉を開いて出会ってくださり、ありがとうございます。 

仕事を通して、自分の人生が変わるコト、けっこうあるんですよ。 

Mika Nakano Official Blog

軽井沢から、ライフ・文化・自己実現・現実化・コーチング・ピープルビジネスのエッセイをお届けしています。

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