酒の神 バッカス


バッカスという大阪・江坂のバーがある。

 19年前に友人に連れられて来たのが初めてだった。

 当時、30になったかならなかいかだったわたしは、その店が気に入った。 

毎月のように大阪に出張に来ては1週間程度宿泊していた。

 一日の仕事が終わり、まだホテルの部屋に帰りたくないと思う日は、 

ひとりでタクシーで乗り付けて来たものだった。 

その仕事を辞め、大阪に出張する事も無くなって行かなくなった。 


その後キャリアを変え、結婚し、わたしの生活はかなり変わった。

 そして、6年前に新しい仕事を手がけることになり、 再び毎月大阪に通うようになった。  

 昔、通っていたバーがあった、という事もすっかり忘れていた。 


わたしの新しい顧客の本社は江坂にあった。 

そして、その仕事の流れで、再びそのビルの前に立った時には、さすがに驚いた。  

「これは・・・・・・」 “Bacchus”という店の文字。例のバー、バッカスがそこにあった。 

40代になり、再びここに来る日が来るとは思っても見なかった。  


なんとも、そわそわしながら、店の扉を開けた。 

カウンターがすぐに目に入った。

あの頃、座っていたのは、このカウンターだ。   

わたしはその晩、仕事仲間と懐かしいカウンターで多いに語り合い、午前三時まで飲み明かした。 


その後、数年に渡り、幾度かこの店に来る事になった。 

ところで、ここに通い続けた理由がいくつかある。 

そのうちのひとつは、「バッカス」という名前が好きだったからだ。


 バッカスとは、ギリシア神話の酒の神様、厳密にいうとワインの神様。 

酒好きだったからこの響きが好きなのか、この響きが好きだったから酒好きなのか。

もしかしたら、 “特別なチョコレート”のイメージも手伝っていたかもしれない。 

わたしが幼い頃、緑の箱に入ったそのチョコレートを欲しいとわたしが母にいうと、 

「こどもはダメよ。お酒が入っているから」というようなことを言われ、 

口にする事が出来なかった、あの中にブランデーが入っているヤツだ。 


けれども、その後このバッカスに昔のようにひとりで来るようなことはなかった。 

いつも、顧客と食事の後に少し語り合うべく話が在る時に、足を向けた。 

話す事が、理性を逸脱しないように、心がけていた。 


わたしは、もう、若くない。 

そうしてはわたしは時の過ぎたことを知った。 

今のわたしは、バッカスに一人で来て飲むよりも、 

娘と「おかあさんといっしょ」を見て歌ったり、 

さんさんと午後の日差しが照るサンルームで本を開くのが、何よりもありがたいと感じたりする。 


バッカス。お酒の神様。 

あなたの名前を聞いても、もう、昔のようには惹かれないよ。 


「バッカス。あなたを、神話の中に返します」

 今年の春、わたしは心の中でそう呟いて、バー、バッカスを後にした。


 今日も人生の扉を開いて出会ってくださり、ありがとうございます。 

やっと、「たしなむくらいしか・・・」ということが出来るようになったのよ。 

Mika Nakano Official Blog

軽井沢から、ライフ・文化・自己実現・現実化・コーチング・ピープルビジネスのエッセイをお届けしています。

2コメント

  • 1000 / 1000

  • 中野 美加

    2016.11.07 02:38

    @Otsukaユキさん、ありがとう! そこにはあなたの美しさを見るからにに違いありません。  @美加
  • Otsuka

    2016.11.05 23:41

    みかさんの言葉の紡ぎ方が好きです。 美しい。